No.10 家族旅行記 意識高い系の朝とカラコンの試練

初日の夜、私はベッドに横になった瞬間に泥のように眠りに落ちた。

寺院でのカード不可による「お小遣い直撃事件」の疲れは凄まじかったが、そのおかげで二日目の朝は実にすがすがしい目覚めとなった。



さて、二日目の朝食である。

私と息子は、ホテル自慢の豪華な朝食バイキングを心から楽しみにしていた。
ホテルのロビーを通ると、ガラス越しにおしゃれに並べられた料理たちが眩しく輝いている。

……しかし、女子チームの鶴の一声でその夢は儚く散った。

「朝食は奈良駅のスタバに行きたい!」

通り過ぎるバイキング会場を未練がましく見つめる息子と私。
「……今度、二人だけで来ような」
男同士の静かな友情を確認すると、反抗期の息子は心なしか素直にうなずいた。



ホテルから歩いて2分ほど。
奈良駅の観光案内所の中にあるスターバックスへと到着する。

昨夜、あれほど「旅行先でチェーン店に入るのは嫌!」と男子チームの「餃子の王将」や「ガスト」の提案を即却下した女子チーム。
スタバだって立派なチェーン店ではないのか?

……いや、彼女たちにとっては「日頃行かない特別な空間」という魔法がかかっているのだろう。私はそう無理やり自分を納得させた。



店内は、なんともおしゃれな空間だ。
心地よい音楽が流れ、パソコンを開いた「意識高い系」の人々が佇んでいる。
我が地元・山口のジョイフルを愛する私とは、まさに正反対の世界。正直、居心地が悪い。

「なぜ人は、カフェでおしゃれに着飾って勉強や読書をするのだろう……」
そんな哲学的な疑問が浮かぶが、悩んでいる場合ではない。

ガラスケースに並ぶドーナツやサンドイッチの値段を見て、私は思わず生唾を呑み込んだ。
……いつものジョイフルのランチより高い。
家族四人分、ゴクリと重い生唾の音が重なった気がした。


「ご注文はお決まりですか?」
朝日のように眩しい笑顔の店員さんが問いかけてくる。

「ブラックで」
「サイズはいかがなさいますか?」

何やら呪文のようなカタカナを囁かれたが、動揺を隠して即答した。
「一番小さいやつで」
いつも利用していますよ、という平然とした顔を作るのが田舎もののプライドである。

注文を終え、「好きなものを選びなさい」と家族に告げる。
幸いにもここはクレジットカードが使えた。旅が始まって以来、初めて家計(カード)から食費が支給されたのだ。感動で心が震えた。



出来リーマンの座る大きなテーブルへと同席させてもらう。
トレーの上に並んだ注文を見ると、見事なまでに性格が出ていて面白い。

娘は高級感あふれるドリンクと惣菜パン。
妻はドリンクなしの、質素なドーナツ。
息子は安めのドリンクに、質素なドーナツ。
そして私は、ブラックコーヒーとサンドイッチ。

注文に予想以上のカップのデカさ(アメリカサイズなのか?)に驚きつつも、私は目をつむり、コーヒーを味わうフリをしてみた。
店内のおしゃれな音楽に耳を澄ませ、静寂という贅沢な時間を過ごす。
そう、ここは客を選ぶ店。私もまた、この空間に溶け込んでいるのだ――。


「……パパ、カラーコンタクトが無い」


優雅な朝の静寂は、娘の一言であっけなく崩れ去った。


「カラコンが無いと、どこにも行けん」

今回の旅で、娘からかけられた初めての言葉がそれだった。

そういえば一ヶ月前、我が地元の近くに「ドン・キホーテ」がオープンした時のことを思い出す。
人口の少ない田舎町にあのドンキができるとあって、ローカルニュースでは「開店前に700人の行列!」と大々的に報じられたものだ。なんて平和な街だろう。

そのドンキで妻と娘が苦労して予約し、平日の仕事合間にわざわざ受け取りに行ったのが、件のカラコンだったはずだ。

昭和の商店街のように雑多で迷子になりそうな店内で手に入れた、あの労力のかかったカラコン。
それが……使い捨てで、しかも今無いという。


「分かった。パパに任せておけ」


スタバで整えた心のおかげか、私は平静を装い、快諾した。
昨夜の散策で見かけたドラッグストアの存在を思い出したからだ。



妻と息子はチェックアウトまでホテルに戻り、私と娘は駅前のドラッグストアへ向かった。

……が、シャッターは硬く閉ざされていた。開店まであと三十分。

「パパ、暑い」
そう言い残し、娘は涼しい観光案内所(スタバの場所)へと去っていった。


ひとり残された私は、時間を無駄にしないよう駅周辺を散策する。
予定通りにはいかない。旅とはまさに生き物なのだ。

やがて開店時間を迎え、娘と合流して店内へ。
最近メガネデビューしたばかりの私にとって、コンタクトの値段は未知の世界だった。

値段を見て思わず息を呑む。
「一回買ったら、どれくらい持つの?」
「え? 使い捨てよ」

思わず声が出た。おしゃれとは、なんと金がかかるものなのか。

「メガネじゃ駄目なのかい?」
「じゃあ、どこにも行かない」

気まずい空気が流れる。スタバで精神を統一していなければ耐えられない威圧感だ。

すると、店員さんが申し訳なさそうにやってきた。
「すみません、当店ではカラーコンタクトのお取り扱いはなくて……」


その言葉を聞いた瞬間、私の心はふわりと軽くなった。


こうしてカラコンは諦めざるを得なくなり、私たちの旅は、次なる舞台・大阪へと進むこと(正確にはまだ奈良まちが待っているのだが)になるのだった。


No.11 家族旅行記 奈良まちの迷走と息子の優しさ
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2026年07月20日