No.8 家族旅行記 商店街はどこ?

冷えたジョアで奇跡的に生き返った私は、すっかり元気を取り戻していた。

さて、いよいよ旅の大きな楽しみである夕食の時間だ。

本来の計画では、我が家の頼れる相棒・ジェミニ先生がおすすめしてくれたホテル内のレストランへ向かう予定だった。

しかし、ここで女子チームから待ったがかかる。

「せっかく奈良に来たんだから、街を歩きながら雰囲気で決めようよ!」

異議なし、である。
旅先で夕暮れの街をのんびり散策しながら「どこに入ろうか」と迷う時間こそ、旅の醍醐味というものだ。

……そう、この時の私は呑気にそう思っていたのだ。



ホテルを一歩出た瞬間から、女子チームの攻勢が始まった。

「ねえ、商店街はどこ?」

「商店街はどっち?」

まるで山びこのように繰り返されるその問いかけ。

……まずい。かなりまずい。

実は私、奈良駅周辺の詳しい地理まで頭に入れていたわけではなかったのだ。
「まあ、大きな駅前なんだから歩けば商店街くらいすぐ見つかるだろう」
そんな軽い気持ちで引き受けてしまっていたのである。

しかし、ここで「実は知りません」と口にするわけにはいかない。
一家の父親として、そして今回の旅行計画担当者としての変な意地とプライドが邪魔をする。

私は心の中の冷や汗を必死に隠し、何事もなかったかのような顔で駅前を歩き始めた。
女子チームからの「商店街は?」というプレッシャーを、曖昧な笑顔で受け流しながら。



すると、駅前の交差点でふと異変に気づいた。

ある一角から、大勢の人が続々と駅の方へ向かって歩いてくるのだ。

「……!」

人の流れる方向には必ず理由がある。
私は祈るような心地で、その人波のルーツへと視線を向けた。


あった。商店街だ。


「神様はいた……!」
心の中で思わず激しいガッツポーズを決める。まさに危機一髪であった。

私はくるりと振り返り、あらかじめ知っていたかのような余裕の表情を浮かべた。

「ああ、商店街はこっちだよ。ちょっと位置を確認したかったんだ」

もちろん、そんな確認など1ミリもしていない。
だが幸いにも、この土壇場の演技を追求する者は誰もいなかった。助かった……。



夕暮れの奈良駅前商店街は、実に賑やかで魅力的だった。

お洒落なカフェに、香ばしい匂いを漂わせるたこ焼きやお好み焼き。
気取らないイタリアン、落ち着いた和食、スパイシーなインドカレー、食欲をそそる焼肉やステーキ。

色とりどりの看板を眺めながら歩くだけで、胸が躍る。

……しかし、女子チームの審査基準は想像以上に厳しかった。

「うーん、あれはちょっと違うかな」

「ここも今の気分じゃないかも」

「なんか……違うんだよね」

魅力的な店を見つけるたびに、容赦のない「不合格」の判定が下されていく。
旅先の食事選びとは、これほどまでに果てしない難問だったのだろうか。



そんな不合格ラッシュの中、唯一みんなの足がピタリと止まった場所があった。

「あ! ガチャガチャ専門店だ!」

吸い込まれるように店内へ消えていく女子チーム。

私はその隙を見逃さなかった。
「ちょっと見てくるね」と言い残し、吸い込まれるように隣のセブンイレブンへ滑り込む。


昼食代に、世界遺産の拝観料。
ポケットの中の財布は、いつの間にか驚くほど軽くなっていたのだ。

「お寺は現金しか使えない場所も多いしな」
「それに、明日だってまだ旅は続くんだから」

誰に言い訳するでもなく、もっともらしい理由を自分に言い聞かせながらATMで現金を補充する。

そう、旅に必要なのは風流な「侘び寂び」だけではない。
現実的な「現金」もまた、絶対に必要なのだ。



何事もなかったかのような顔で、ガチャガチャ専門店へと戻る。
実は私自身はガチャガチャにはさほど興味がない。けれど雰囲気を合わせようと、並んだカプセル商品を一つひとつ眺めながら、深くうなずいてみたりする。

その棚の片隅に、鹿をモチーフにしたなんとも言えない絶妙な表情の「ゆるキャラ」を見つけた。

「……これ、誰が買うんだろう」

心の中だけで、そっとつぶやく。
そんなくだらない疑問を抱く時間さえも、どこか愛おしい旅の思い出の一片になっていく。



現金を無事に補充し、お腹をすかせた私たちは、再び夕食を求めて夜の商店街へと歩き出す。


……この時の私は、まだ何も分かっていなかったのだ。


本当の難関は「何を食べるか」という選択ではなく、「家族の誰の意見を採用するか」という、仁義なき心理戦だということを。


No.9 家族旅行記 幸せって案外、安くつくもんだ
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2026年07月20日