No.6 家族旅行記 侘び寂びを求めて
「侘び寂びを感じたい。」
ある日、ふとそんな思いが胸をよぎった。
時計の針に追われるようなせわしない毎日を少しだけ離れ、歴史ある町をゆっくりと歩いてみたい。静かな寺院で風の音に耳を澄ませ、何百年もの時を超えて受け継がれてきた景色に心を預ける。
うん、そんな旅も悪くない。
北海道は飛行機がちょっと怖い。
九州は車で行くには遠すぎる。
ならば、列車に乗ってのんびり揺られていける古都・奈良がちょうどいいはずだ。
こうして今年の家族旅行は、法隆寺と東大寺を巡る「侘び寂びの旅」に決まった。
旅の計画は、もちろん私の担当だ。
「あなたが計画を立ててね」
妻からのその一言を、私はどこか誇らしい気持ちで引き受けた。
なに、心配はいらない。私には心強い味方がいるのだから。
その名も――ジェミニ先生。
列車の時刻からスムーズな乗り換え、徒歩ルートに観光の順序まで、完璧な日程表を作り上げてくれる優秀な相棒だ。
これで準備は万全。完璧な旅になるはずだった。
……そう、思っていたのだ。
◇
新幹線に揺られながら、すっかり旅気分に浸っていた時のこと。
隣に座っていた息子が、思い出したようにポツリと言った。
「そういえば、今年の修学旅行、奈良なんだよね」
「……えっ?」
思わず聞き返す私。
「東大寺も行くよ」
初耳だった。
学校のことや子供の行事は、日頃からほとんど妻に任せきりにしていた私。まさか家族旅行と修学旅行の目的地が、ピンポイントで丸かぶりしているなんて夢にも思わなかったのだ。
「もっと早く言ってくれよ……」
ガックリと肩を落とす私を見て、妻と息子は顔を見合わせて苦笑いしている。どうやら、この重大な事実を知らなかったのは我が家で私一人だけだったらしい。
静かな古都で侘び寂びを噛みしめるはずだった旅は、出発早々、私だけが蚊帳の外に取り残されるという可笑しな始まりとなった。
それでも、車窓を流れていく景色をぼんやり眺めていると、不思議と心がほどけていくのを感じた。
千三百年の歴史が静かに息づく奈良。
格式高い法隆寺、そして大仏さまの待つ東大寺。
そして、なんだかんだ言っても愛おしい家族と過ごす時間。
この時の私は、まだ何も知らなかったのだ。
この旅で一番深く心に刻まれるのが、世界遺産の静寂でも大仏様の荘厳さでもなく――「ジョア」と「焼き鳥」と「アイス」の味になるということを。
No.7 家族旅行記 世界遺産よりジョア
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