No.16 つぶれたロールパンと、小さな朝

「学校、間に合わんよ!」

朝、妻の叱り声と
息子の声で目が覚める。

妻が息子を車に放り込み
エンジンの音が遠ざかる頃、
私はゆっくりと起き上がった。

階段を降りる前に、
娘の部屋のドアを少し開ける。

「そろそろ起きんと」

返事はないけれど、いつものことだ。

1階のリビングへ降りると、
ふと食卓が目に入った。

ロピアのピザが2切れ。
まるいロールパンが2個。

(お、今朝は豪勢だな)

思わず心が躍る。

妻の嵐のような仕込みが終わったあとの
「戦場」へ向かった。

朝刊代わりにラジオをつけ、
黙々とシンクの皿を洗っていると、

ドタドタと娘が降りてきた。

もちろん無言で。

洗面台を占拠される前にと、
慌てて駆け込む。

髭を剃り、
髪を洗ってドライヤーをかける。

ふと見ると、
台所で娘がピザを2枚、
トースターで並べて焼いていた。

(なんだ、気が利くやつだ)

ふたり分を用意してくれているのだと思い、
なんだか胸がほっこりする。

上機嫌で生ゴミをまとめていると、
食卓から声が漏れた。

「美味しい♪」

幸せそうな娘の感嘆の声。

(これは楽しみだ)

心の中で小さくガッツポーズを作る。

台所の片づけを終え、
いよいよ朝食だと食卓へ向かった。

……あれ?

無いのである。

いや、あった。

娘が無造作に置いた
学校のパソコンの下に、

ぺちゃんこにつぶれた
ロールパンが、ひとつだけ。

「……コレだけ」

私としたことが、
情けなく声に出てしまった。

「ウフフっ♪」

悪びれもせず、
なぜかはにかむ娘。

「遅刻する!」と叫びながら、
嵐のように家を飛び出していった。

ひとり残されたリビングで
パンを口に放り込み、
私も車のエンジンをかけた。

ふう、と小さいため息が漏れる。

(まあ、いいか。
久しぶりに娘とコミュニケーションがとれたんだから)

つぶれたパンの、
ほんのりとした甘さを噛みしめながら、
私は会社へ車を走らせた。


2026年08月28日